「まだ駄目だよ、泣かないで」
「ごめん、ほんとにごめん、反省してる」
「別にいいよもう。もう何回も聞いたよ」
「だってチリンちゃん怒ってるから」
「怒ってるけどさ。怒ってもいいじゃん別に。だってさっき買ったばっかの貯金箱割られちゃったんだよ。粉々になっちゃったし、こんなの持って帰っても修復できないよ。まだ1回も使ってなかったのに!」
「泣きたい」
「こんなとこで泣かないでよ。泣きたいなら家で泣いてよ」
「わかった」
パリンくんはグッと涙をこらえた。
マスクの中で鼻をすする音が、チリンちゃんの耳に聞こえた。ほかの買い物客が、こちらをチラリと見た。しかし、何を言うでもなく視線を外した。
気にする人もいるのだろう。こんなご時世に外で鼻をすするとは、パリンくんはどれだけ隙だらけなのか。チリンちゃんは心の中で思った。パリンくんが隙を見せているのはウィルスに対してではない。周りの人間に対してだ。パリンくんにとって、周りの人はみな「いい人」なのだろうか。
さっきのあれも、そうだ。貯金箱が割れた原因は、パリンくんが人助けならぬ、犬助けをしたからだった。店の前に犬がつながれていたのだ。つながれていたはずなのに犬の首輪からリードが外れてしまっていた。道路に飛び出しかけた犬を、パリンくんは手に持っていた荷物を放り出して助けた。結果、犬は無事だったが、パリンくんが手に持っていた割れる可能性のあるものは、ことごとく割れていた。
自分で持っておくんだった。
パリンくんが、犬のリードをつなぎ直すのを横目で見ながら、チリンちゃんはそんなことを思った。
そんなパリンくんといると、自分までお人よしになってしまいそうになる。しかしそれはのぞむところで、だからこそチリンちゃんはパリンくんと一緒にいると言っても過言ではなかった。なのに、チリンちゃんの心中は穏やかではなかった。
そこがいいと思ってつきあい始めたのに、そこが嫌だと文句を言いたくなるのはなぜなのだろう。チリンちゃんは不可解な感情に翻弄された。
パリンくんはしばらくうつ向いて歩いていた。
買い出しの途中だった。これから駐車場の車に戻って、帰る。それだけだ。それだけのはずだった。
パリンくんが立ち止まった。両手に持った大きなエコバッグがぶらりと揺れる。
「かわりの貯金箱……」
「さっきの売り場でも言ってたけどさ。あれ一点ものらしいよ。かわりなんて売ってないよ」
「もう泣きたい」
「いや、泣きたいのは私なんだけど……」
と、言いかけて、チリンちゃんは気づいた。
別にいいと言いつつ、かわりのものを拒み、ずっと怒り続ける。
これはかなり厄介な態度なのではないか。
だからといって、怒っているのに「怒っていない」と言わなければならないのは理不尽だと感じる。が、チリンちゃんの怒りは、すでに峠を越えていた。だんだん、元気のないパリンくんを心配する気持ちのほうが強くなってきたのである。
そもそも、貯金箱を割ってしまったパリンくんに悪気はなかった。いや、実のところどうなのかは他人であるチリンちゃんにわかるはずもなかったが、おそらく悪気はなかったのだろうと想像していた。本気で犬を助けたかったのだろう。
犬が無事で、よかった。何もできなかった自分よりも、とっさに体が動いたパリンくんのほうが、偉いな。チリンちゃんは今ではそんな気持ちになっていた。
しかし、パリンくんは、悲壮な顔でうなだれていた。チリンちゃんには、これが演技だとは思えなかった。そんな演技派彼氏を持った覚えはない。
「ごめん、怒りすぎた。かわりの貯金箱も、うん、いいかもね」
パリンくんはふたたび歩きはじめた。
肩を並べて駐車場を歩いて行くと、チリンちゃんが停めた車が見えてきた。
チリンちゃんが車のトランクを開ける。パリンくんは荷物を先に入れ終え、チリンちゃんが荷物を積んでいるあいだ、スマホを見ていた。
「ダメだ、お休みだ!」
天を仰いでいる。なにごとなのか。
「いや、貯金箱売ってるお店がほかにもあるんじゃないかと思って」
「あったけど、お休みだった?」
「うん……定休日だって。チリンちゃん、今日貯金箱ないとまずい?」
「いや……、そこまで急いでないけど」
車に乗りこむと、ちょっと黙っていたパリンくんが、おもむろに口を開いた。
「なんか泣きそう」
「いや、そこまで気にされても……。私これから運転しなきゃいけないし、横でわんわん泣かれてもどうにもできないよ。まだ駄目だよ、泣かないで」
チリンちゃんは助手席に手を伸ばし、パリンくんの頭をなでた。
パリンくんは何か言いたげな顔をしたが、特に何も言わなかった。
チリンちゃんが車を発進させると、パリンくんが言った。口調から悲壮さは消えていた。
「自分で焼くこともできるみたいだよ。好きな形に作って、焼く、そういう体験教室もあるみたい」
「うん」
チリンちゃんは、駐車場から店の前の道路に合流するために、車の流れを見ていた。
横ではパリンくんが、陶器にまつわるあれこれを話し続けている。
(もう怒ってないんだけどな)
チリンちゃんはそう思ったが、運転に集中するために黙って聞き流していた。
パリンくんの声が好きだな、と、ちょっとだけ思った。
(おわり)
☆
お題で書いた創作話でした。
「まだ駄目だよ、泣かないで」と「おやすみ」というお題でした。
↓お題曜日のメモ。
「おやすみ」は、寝るときの挨拶を最初に思い浮かべたので、それだとありがちなんだろうかと思い直し、定休日の「お休み」ということにしました。どっちがありがちなのかは、私には判断できませぬ。別にありがちでもいいじゃないという気もしてきた。
名前は、
ここからですね。
グリングリンチョリン。
いや…、無意識にスルーしてしまったけども、「みどりの日」があったんだよなあと思ってですね…。わたくし、一応スイカを名乗り、はてなIDに「green」を入れている者としてはスルーすべきではなかったのではないかと…。そう思ったのですね。
というわけで、もう今年の「みどりの日」は終わってしまったけども、今週のお題話には全部「みどり」の何かを入れよう。と、思ったはいいんだけども、しょっぱな思いついたのが「グリングリンチョリン」だった…。これしか思いつかんかった…。これも「みどり」なのだろうか?と思いつつ、使ってみました。
私は「グリンピース」という名で、この遊びを知った記憶があります。
話の中に「グリンさん」は出てこないんですけどね。なんでだろう、なんでか使いにくくて使えんかった、グリン。
グリングリンパリン。
私が知ってる遊びだと「チョリン」だったんですが、Wiki見たら「チリン」なこともあると書いてあったのですね。なので、鈴の音みたいでかわいいなと思った「チリン」のほうを使いました。
チョリンチョリングリン。
まあ、お題とも話の内容とも関係ないんですが。
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ほかのお題で作った話↓