「砂糖ひと欠け分の占い」
旅人は、ため息をついた。
町だ。
ウィルスが世界を席巻している。
旅人は疎まれる。
町に入るときには、防護服を身につけなければならない。
自分のためにやっていることでもあるが、周囲に配慮するためという理由のほうが大きかった。
町に入る前に、防護服を着こんで、会話用のマイクとスピーカーのスイッチを入れる。
町の入り口に設置された、滅菌用ゲートをくぐる。
「旅の方ですか」
酒場を少し通り過ぎた辺りで、呼びかけられた。
防護服を着た旅人は振り返った。
声の主は、酒場の外に机とイスを置いて、そこに陣取っていた。
露天商だろうか。だが、そのわりに商品が見当たらない。
大げさなマスクと、頭をすっぽり覆うようにいろいろな服を着こんでいるせいで、見た目では性別が判断できなかった。
だが、見た目で性別がわからないのは、お互い様なのかもしれない。
防護服の中の旅人はそう思った。
呼びかけてきた声は男のもののように聞こえた。
だが、相手の性別がどうであろうと、旅人が取る態度に変わりはない。
「そうだ。この町では、まだ花は咲いていますか」
旅人がマイク越しに尋ねると、イスに座ったままのマスクの男は、少し笑ったようだった。
「もう咲く花は残っていませんよ。このご時世ですからね。どこでも同じようなものでしょう」
やはりか。旅人は防護服の中で、軽くため息をついた。
マスクの男が尋ねた。
「旅の方、知りたいことは何かありますか」
「知りたいこと?」
「私はそうやって暮らしてるんです。情報を売ってるんですよ。そりゃあ、私が教えられるのは、誰かに聞けばわかることばかりです。でもこのご時世でしょう。誰かをつかまえて、ひと通り情報を聞き出すのは骨の折れる作業じゃないかと思いましてね」
マスクの男の言うことはもっともだった。
ここには酒場の看板が出ているが、人の姿が見当たらなかった。
目の前にいる、マスクの男以外の姿は。
酒場は、夜だというのに、いや、夜だからこそなのか、店内の照明がついていないようだった。営業しているのかどうかもわからない。
聞き出す相手を探すほうが苦労しそうだ。
そう判断した旅人は、マスクの男の情報を買うことにした。
「では、何か買うことにしよう。だが、私はこの町に今やってきたばかりだ。この町の通貨を持っていない」
「あらま。では、明日、両替してからということで」
「両替にはどこに行けばいいんだ。明日まで泊まれそうな宿はあるのか」
「先立つものもないのに、情報をお渡しするわけないでしょう」
それもそうだ。
旅人は、困惑して、夜空を見上げた。
星が輝いている。
旅人はふと思いだし、荷物の中から、小さな袋を取り出した。
「これと交換することはできないか?」
「何です」
「砂糖だ。今、植物がほとんど枯れているだろう」
「確かに、砂糖は貴重品とも言えるかもしれませんが……、どれくらいあるんです」
旅人は、小袋の口を広げて、マスクの男に見せた。
「ほんのひと欠片じゃないですか」
「本当だ」
ここまで減っていたとは。
旅人も自分で驚いた。
「まあいいでしょう。いただいたところで、滅菌処理をしなくちゃいけませんから、私からすると赤字ですけどね。今後この町にいるあいだにごひいきにしていただけるなら」
「そうしよう」
「でも、お教えできるのは、ひと欠片分ですよ」
「ひと欠片分の情報とはどれくらいなのだ」
「知りませんよ。本来情報を渡す義理もないところを無理やりねじ込んでるんですから、贅沢いっちゃあ、いけません。そう、あれです、占いですよ」
「占い」
「そうです。当たるも八卦、当たらぬも八卦。そういう情報ならお渡しできます」
「それが、砂糖ひと欠片分の情報か」
「そうです。じゃあ、いきますよ」
マスクの男はそう言うと、自分の頭にかぶっていた謎の衣類を、手に取った。
その衣類の下にも、まだ何らかの衣類をかぶっていて、男の姿は今もはっきりとはわからない。
衣類を無秩序に身につけて着ぶくれたマスクの男は、今ほどいた衣類を手に持ったまま振り回した。
「ヌコチャンノイウトオリ!」
謎の呪文を唱えている。
そして、振り回していた衣類を、飛ばした。
防護服の旅人は、衣類が飛ぶ先を、ぼんやりと見守った。
「なにしてるんです。さっさと服を拾ってきてください。たぶんそこら辺に宿がありますよ」
「これを『占い』と呼ぶのは、本業の占い師にたいへん失礼ではないのか」
「そうかもしれません。もし、本業の占い師さんに文句言われたら、速攻で謝りますよ」
旅人は占い師ではなかった。
自分には、文句を言う資格がないと言われているも同然なことに気づいた。
「……」
占いをバカにするなと怒ることもできず、これ以上ここにいる意味もない。
拾いに行くしかないのだろうか。
逡巡していると、マスクの男が言った。
「あ、拾いに行く前に、砂糖」
マスクの男は、手袋に見える何かを身につけた手を、旅人の前に突きだした。
砂糖を寄こせということなのだろう。
旅人は、手のひらのように見える場所に、砂糖の小袋を置いた。
マスクの男は、金属糸で織られているとおぼしき別の袋をどこからともなく取りだすと、そこに小袋を移動させた。
旅人は、マスクの男が直接小袋を触ることなく移動させるのを見て、器用なものだと感心した。
そして、感心してる場合ではないと思い直した。
「まいどあり」
背後からマスクの男の声が追いかけてきた。
旅人は、飛んで行った服が落ちたであろう辺りを、探すことにした。
けっこうな勢いで飛んで行ったので、どこに落ちたのか正確にはわからない。
仕方ない。
砂糖ひと欠け分の情報だから。
動きにくい防護服の中で、旅人はまたため息をついた。
☆
ええと。
これは、昨日の「お題」ですね。
もうちょっと短くしたかったけども、何も思いついてないので無駄に長くなるという。そんな感じになってしまってますね…。
これは、ひとつめのお題、「砂糖ひと欠け分の占い」ですね。3つあったお題のうちのひとつめ。
この話、終わっとらん気もするが、これ以上どうせいというのか。どうにもできん。
飛ばした服、捨てたつもりなんかな、もったいなくないんかな。と、読み返してみて思ったんだが、服が落ちたところに仲間がいるんかな…。さらなる何かの罠が旅人を待ち受けているのか…。と思わなくもないが、そこまで書くと、完全に長すぎになってしまうのでなあ…。
ええと。昨日使ったお題メーカーの説明によると、このお題はフリー素材らしいので、タイトルにお題を使ってもいいんでしょうかね。たぶんいいんだと思うが。「本としての刊行などでのご利用もご自由にどうぞ」と書いてあったし。本は出さぬが、ブログタイトルにします。
これで1個クリア~。
☆
その後、書き終えた、ほかのお題はこちらです。
ノリノリ宇宙創作。
バクってどのバク?