「バクの挑発」
川の音がする。水音だ。
どどぉん。どどぅ。
うまく言葉にできない。
水音を、最初に言葉にした人はすごいな。
昼間の水遊びがたたったのか、ものすごく眠い。
眠いけど、慣れない枕で、眠れない。
「早く寝ろ」
どこからともなく声が聞こえる。
目を開けようとしても、開けられない。
開けられないが、なぜか声の主の姿は見える。
バクだ。
今までバクを見たことがなかったが、なぜかわかった。
これは、バクだ。
「はやく寝なさい。ワシおなかすいた」
バクが言う。
こちらの脳に直接話しかけてくる。
「眠れる歌、歌ってやろうか」
バクは私に尋ねた。
私は、うなずいた。……つもりだったが、うなずけなかった。
しかし、バクには伝わったようだ。
「じゃあ、ワシの歌を聞いて寝んさい」
バクは歌い始めた。
歌っていることはわかるが、どういう歌声なのか、わからない。
歌声が聞こえない。
それでも歌っている。
眠れない。
歌い終わったらしいバクは、こちらを見て不満げな顔をした。
バクの表情はよく見えないが、不満げな顔をしたのはなぜかわかったのだ。
「まだ起きとるんか。早く寝て、夢を見んさい」
バクが言った。
そんなこと言っても、眠れないものは眠れない。急にバクに話しかけられて驚いたのもあるし。
「もたもたしてると、夜が明けてしまうじゃろ」
バクばかりがしゃべっていた。
なんだか申し訳ない気がして、何か言おうとして、声が出ないことに気づいた。
それでも、バクはまったく気にしていないのか、こちらに近づいてきた。
あ、今ソーシャルディスタンス……
を、保たないといけないと反射的に思ったが、相手はバクだ。
ウィルスは関係ないのだろうか。
わからないが、とにかくバクは近づいてきた。
そして、私の股の付近のにおいをかいだ。
どういう意味なのかわからない。
ふんふんかぐ。
バクは、グルグル私のまわりをまわる。
まわりながら、ふんふんかいで、たまに鼻でどついてくる。
痛い。
これは、求愛行動なのだろうか。
何となくそう思ったが、私はバクではない。
自分の姿は今見えないが、たぶんバクじゃない。強烈にそう思った。ので、たぶんバクじゃない。
バクじゃない私に求愛っぽい行動をするのは何なのか。
挑発なのだろうか。
痛い。
またどつかれた。
痛い。
と思ったところで気づいた。
痛くはない。
はよ眠れとバクがどついてくる、これ自体が夢なのだ。
私がそう気づくと、川の音がいっそう大きく聞こえてきた。
私をどついていたバクは、四方から手をのばしてきた闇に飲まれた。
私の視界も、闇に飲みこまれる。
どどぅ、どどぉん。
水が流れる音がする。
バクは水の中に戻っていったのだろうか。
どどぅ、どどぉん。
☆
3つのお題の3つめですね。
↓経緯はこちら。こちらと言っても、大して経緯を書いてない気もいたしますが。
3つめは、「バクの挑発」というお題でした。
Wikiを参考にしました。
↑これは、
奇蹄目に含まれるバク科(バクか、Taipiridae)の構成種の総称。現生種はすべてバク属(バクぞく、Tapirus)に分類される。
Wikipedia「バク」より
というほうのバクらしいんだけども、
↑こちらのWikiも参考にしました。
奇蹄目バク科の哺乳類のバクは、この伝説上の獏と姿が類似する事から、この名前がついた。
なお、京都大学名誉教授 林巳奈夫の書いた『神と獣の紋様学―中国古代の神がみ―』によれば、古代中国の遺跡から、実在する動物であるバクをかたどったと見られる青銅器が出土している。このことから、古代中国にはバク(マレーバク)が生息しており、後世において絶滅したがために、伝説上の動物・獏として後世に伝わった可能性も否定はできない。
Wikipedia「獏」より
あくまで可能性なんでしょうけども、バクと獏は姿が似ているんだなあと…。
そんなことを思ったもので、両者が混じり合ったものを「バク」として書いてみようかなあと。成功してるのかどうかわかりませんが。
交尾前の「バク」の行動をとる「獏」ですね、マイバクは。
というわけで、今回のお題は3つクリアですね。
おお~。
ほかのお題で書いた話も貼っておこう。