「カウントダウン5」
Count 5
「政略結婚……ですか」
「まあ、言ってしまえばそういうことだ。ああ、ドレスか」
「はい。どちらのドレスになさいますか」
「どちらでもいい。どちらも私の見合い相手が寄越したものだ。どちらを選んでも角は立つまい。おまえならどちらを選ぶかな、ビクター」
「わたくしでしたら……」
ビクターは、ハンガーにかかった2着のドレスを見比べた。
しばらく見つめたあと、おもむろにクローゼットの奥から3着めのドレスを取り出した。「こちらにいたします」
ヨランダは吹きだした。
「わかった、そうしよう。この2着では、ちょっと露出度が高かったかな?」
「ええ、どちらもヨランダ様にお似合いだと存じますが」
「が、気にくわない」
「いえ、そこまでは」
ヨランダはビクターのほうをチラリと見て、うれしそうに笑った。
ビクターはほかの2着のドレスを持って、衣装室から出ていった。その場に残ったメイドに手伝わせて、ヨランダは着替えを終えた。
法律では、ロボットとの婚姻も許さるようになったとはいうものの、まだまだ市民権を得ているとは言い難かった。
ロボットと結婚して子供を残す方法もなくはないが、まだまだ一般的ではない。モラルに反することだとヨランダは考えていた。
ヨランダはハッとわれに返った。
何を考えているのだろう。
この見合いを断ることはできない。ビクターが人型のロボットであることも、ロボットと人の結婚が論議を呼ぶものであることも、大した意味を持たない。
ヨランダはそう思おうとした。
Count 4
「お茶はいかがですか、ヨランダ様」
「ありがとう、いただくよ」
ヨランダはため息をついた。
「おまえが見合い相手だったらよかったのに」
「……」
「すまない、口がすべった」
Count 3
「お断りすることはできないのでしょうか」
「何をだ。見合いをか」
ビクターは顎を軽く引くようにして、うなずいた。それを見て、ヨランダは鼻を鳴らした。
「できるわけないだろう。私の意思で断れる相手じゃないんだ。断ったら、闇社会でのロンズデール家の立場が危うくなる。私がこの家で暗殺業を続ける限り、この見合いは断れない」
「……」ビクターは、ヨランダの言葉に、考え込むような表情になったあと、やっと答えを返した。「はい」
ふだん、有能で機敏なビクターが言いよどむこと自体が珍しかった。
「ヨランダ様、お花の贈り物でございます」
「ほう……、!? !」
ヨランダは、反射的に動いた。
カシャリ。
軽い金属音を立てて、絨毯の上に何かが落ちた。ビクターが拾い上げた。
「蜂型のロボットですね」
「どういうことだ? 見合い相手がこれを私に?」
困惑するヨランダから離れ、ビクターはロボットの蜂の破片をポケットにそっとしまった。ヨランダの部屋から出ると、ビクターはニヤリと笑った。
Count 2
「ヨランダ様」
「ああ、ビクターか。どうした。こんなところに来たらクビになるぞ」
ヨランダは、ロンズデール家の敷地のはずれにある搭に幽閉されていた。見合いを破談にしたいとの旨を、両親に伝えたためだった。頭を冷やすまで搭に閉じ込められることとなったのだ。
「わたくしは、ここをクビになったとしても生きていくことはできます。ロボットなので」
「そうか。事務作業だろうが経理だろうが力仕事だろうが何だろうができるものな。暗殺しかできない私と違って」
かすかに笑いながら、ヨランダがそう言った。
幽閉といっても、搭の扉のカギは単純なものだ。ヨランダだったら、腕力だけで音もなくこじ開けられるだろう。鉄格子もない。搭から出ようと思えば、出られた。
だが、搭から出ても、そこはロンズデール家の敷地である。ロンズデール家の敷地は、深く長い掘に囲まれていた。ここを出るには、橋を渡るか堀を泳ぐ必要がある。
「ヨランダ様、わたくしを連れてお逃げください」
「おまえを?」
「はい、わたくしは堀を渡ることができません。ですが、そこを越えたら、必ずお役に立ちます」
「できるほどはたくさんあるのに、泳ぐことはできない、か」
「精密機械ですから。日常防水加工は施されていますので雨くらいなら防げますが、さすがに堀を泳いだら故障します」
「私に、おまえを担いで堀を渡れって?」
「ヨランダ様ならおできになるかと」
「できるだろうが……。雨が降りそうだぞ。家を抜けだすには天気が悪い」
Count 1
ロンズデール屋敷内2階の、主のいないヨランダの部屋で、ビクターは窓の外を眺めた。
どしゃぶりだ。雷が遠くで鳴っている。
不意に、窓の外に人影が現れた。
ビクターの目線よりも高い位置にその人影はいた。木の枝を伝ってきたヨランダだ。搭を抜けてきたらしい。
「考えたんだが」
ビクターが何かを言う前に、ヨランダが口を開いた。ビクターは背伸びをするように、ヨランダを見あげた。
「こんな日に家を抜け出すとは誰も考えないだろう。誰も警戒していない。抜け出すなら今日なのかもしれない」
「わたくしを……、連れていってくださるのですか」
「ああ。一緒に来てくれるか?」
ビクターは、ふるえるような挙動をとったあと、言った。
「ぜひとも。ですが、雷が近づいています」
「うん。じゃあ、バラして運ぶか」
ゴム製の袋を取り出しながら、ヨランダは言った。
「わたくしも。なにかお役に」
「いい、いい。再起動の方法だけ教えてくれれば、あとは全部やってやる」
ビクターは観念したように言った。「はい」
Count 0
ヨランダは向こう岸にたどりついた。
びしょ濡れのまま、手に持ったひもを辿る。ひもはゴム製の袋につながっていた。
ビクターの重量は人間よりも重かったが、ヨランダの腕力には問題ではなかった。
ヨランダはゴムの袋をたぐりよせ、肩にかついだ。そのまま体を低くして駆けだす。
雨の中、ヨランダは疾風のごとく走り抜けた。
☆
おわり。
これは、お題を元に書いた話ですね。
1つ目のお題、「モラルで作られた枷が外れそうなほど」でした。
気づいたら「枷が外れそうなほど何なのか」を書いておらず、「モラルの枷が外れそうだ、外れちゃった」という話になっていて、タイトルにするにはちょっとずれているかな…と思ったので、タイトル変えました。
ううん…。
最後、搭の場面で家を出るかどうか、ヨランダがもう少し渋ったほうがいいのと、何かきっかけがあって「いや、それでもやっぱり出よう」となる必要があるのはわかってるんだが、文字数が足りない。
足りなくはないが、長くなりすぎてしまう。ので、そこまで書けんかった。アッサリ風味ですね。
ハッ。書き忘れたことがあった。けど、今さらうまく組み込めない。
蜂型のロボットは何なのかということなんだが…。
どうでもいいといやそうなんだが。まあそうなんだが。
ビクターが仕込んだものですね。見合い相手の評判落とそうとして。ヨランダさんはロボットを手にかけるのが嫌なんだけども、部屋の中にロボットがいきなりいたら、叩き潰すしかなかった、のですね。闇の一家なので、盗聴器とかそういったものを警戒しているわけですね。
そんなことされたら叩き潰すしかないのに、蜂のロボットを部屋にまぎれこませた、というので見合い相手をさらに嫌いになった、みたいな…そういうことなんですが。政略結婚で、あまりお相手に好意を持ってないので、そういう盗聴器を仕掛けるようなことをしそうな相手だと思ってる、というのもあるんでしょうね…。
…という長い経緯をさあ。
お話っぽく説明しようとすると、もっともっと長くなるので、ここでガーッと説明してしまうという…なんだろうそれは。
もうそんなことするなら、全部箇条書きで書けばいいじゃない…と思わなくもない。
あ、そうだ。名前で迷った。
名前を考えるのは好きだけども、外国風の名前をつけたくて、どういう名がいいのかわからんかったので、人名生成ジェネレータを使いました。
「フランス風」の名前ということで、「ヨランド・アダムソン・ロンズデール」と、「ビクター・ル・マセ」という名ができたので、それを使いました。ビクターの場合は、ファーストネームのみ使用。いや、特に舞台設定がフランスってわけでもないんですけど。
というわけでお題シリーズ1個めクリア~。
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その後クリアしたほかのお題↓