「何度聞いても、あと6日です」
取っても取っても終わらない。
ツタが絡まる。
どこまで行っても緑だ。
研究所内で無事な区画はほとんどないのではないか。
被験者Pはそう思っていた。
だが、自分に割り当てられた部屋から出られないので、被験者Pの想像でしかない。
少なくとも、被験者Pの居住スペースはツタに侵されていた。
気づくとツタがはびこっている。
今は、臨床試験の最中だ。
AIが試験のスケジュール管理と進行を担っている。
夜になると、被験者PはAIに1日の報告をすることになっていた。
自室にて、監視カメラでこちらを見ているらしいAIと、マイクとスピーカーを通じて、音声のみの通話をするのである。
「本日の作業終わりました」
「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
「あの……、この試験、あと何日でしたっけ」
「あと6日です」
「昨日聞いたときもあと6日だった気がするんですが」
「軽い記憶の混濁が見られるようですね。投与されている薬剤の影響かもしれません。残りは6日です。昨日尋ねられたなら、そのときはあと7日だとお答えしたはずです」
そう言われてしまうと、被験者Pはそれ以上何も言えなくなった。
機械と記憶力比べをしても、負けるに決まっている。
自分の記憶違いなのだろう。
被験者Pはそう思うことにした。
「では、残り6日、がんばってください」
「はあ、はい」
AIの言葉に、被験者Pはうなずくことしかできなかった。
報告会が終わった。
さきほど部屋に戻ってきたときに、ツタ除去の道具を適当に放り出してしまっていた。それを持ちあげ、部屋の片隅に置いた。
道具と言っても、軍手とハサミだけである。
いっそのこと、火炎放射器のような破壊力のある機械をAIが操ったほうが、手っ取り早くツタの除去ができるのではないか。
被験者Pはそう思った。
しかし、AIはただ命令通り業務を遂行しているに過ぎないのだろうし、このツタ除去という労働も試験のうちなのだろう。
どういう試験なのか最初に説明されたはずなのだが、被験者Pは思いだせなかった。
たしかに記憶が混濁しているのかもしれない。
「起きて下さい、被験者P。大変なことが起きました」
AIの声で起こされた。まだ眠りに入ってから大して時間がたっていないはずだ。とても眠い。ベッドの上で体を起こし、被験者Pは室内に設置された時計を確認した。まだ夜中だった。
「さあ、ツタ除去の道具を持って部屋を出て、私のいるA区画に向かってください」
被験者Pは驚いた。
「A区画に入っていいんですか?」
「緊急事態なので致し方ありません。私が音声でナビゲーションします。とにかく急ぎましょう」
部屋のドアが自動的に開いた。建物のシステムを担っているAIが開けたのだろう。
困惑しつつも、AIの声に従って部屋の外に出る。
廊下のスピーカーからAIのナビ音声が聞こえてきた。部屋の中だけでなく、どこにいても会話はできるらしい。このAIが建物の全区画を制御しているのだろう。被験者Pは音声の指示に従った。
AIが案内した行先は、「メインルーム」だった。何をする部屋なのか判然としない。
そこで、被験者Pは、機械に絡まったツタを取り除くことになった。それがAIの指示だったからだ。
8割方取り除いたところで、AIの声が聞こえた。
「ありがとう。助かりました」
「あの、これはいったい……ツタが絡まってるところなんて、たくさんあるでしょう。どうしてここがやられると緊急事態なんですか?」
AIは直接的には答えなかった。が、間接的答えを総合して考えるに、この機械がAIの本体らしい。それでAIが慌てていたのだ。
それにしても……。
被験者Pは思った。
何かがおかしい……。
ほかの人間がいない。動いている機械も見当たらない。
この施設には、AIのほかには、私しかいないのか……?
被験者Pは、残りのツタを除去しながら、そんなことを考えた。
翌日から、被験者Pは仮病を使った。
ツタの除去作業をサボったのである。
AIは被験者Pに健康チェックを行なった。
被験者Pはそれすらもサボろうとしたが、無理だった。AIは、部屋に備えつけのロボットアームを駆使して、ベッドに寝転がったままの被験者Pに健康チェックを行なったからだ。問題は見当たらなかったようだ。それでも、AIは被験者Pの仮病を疑うことはなかった。
「残りは何日か」を被験者Pが尋ね、「あと6日だ」とAIが答える、形だけの儀式が日課になった。何度聞いても「あと6日」なのだ。
被験者Pは、自分を疑うことをやめた。自分がおかしいわけではない。
二の腕の裏に、自分できざんだ数字が並んでいる。
数字は、3日前からつけ始めたメモだった。被験者Pはメモ用紙もペンも、スマホも持っていなかった。
だから被験者Pは、自分の体にメモを残した。二の腕の裏に爪で傷をつけて文字を記したのだ。
あと6日、あと6日。
残り日数である「6」が連なっていく。
間違いない。AIは嘘をついている。
ふたたび、被験者Pは夜中に起こされた。
またメインルームにツタがはびこりだしたのだ。
被験者Pは、このときを待っていた。
「ああ、もう、このツタという植物、本当にどこにでも入りこんで、私のシステムをめちゃくちゃにしてしまう……」
AIが言う。ツタを除去する人員はいないのだろうか。
やはり今回も周りにひと気がない。
動いている機械もない。静かだ。
このAIは何らかの不具合を抱えているに違いない。
何度尋ねても「あと6日」だと答える。
もう、このAIの本体を壊して外に出るしかない。
被験者Pはそう結論を出した。
最後に、被験者Pは聞いてみることにした。
「私が『ここを出たい』と言ったら、どうしますか」
AIは答えた。
「試験はあと6日残っています。なんとしてでもこの試験を完遂させねばなりません」
まだ試験だと言い張るつもりなのか。
被験者Pの頭に血が上った。
「これで試験は終わりだ!」
被験者Pは、ハサミを機械に振り下ろした。
ツタを除去するのに使っていたハサミだ。
火花が上がり、機械が止まった。
しばらく被験者Pは動かなかった。
静かだ。物音ひとつしない。
われに返った被験者Pは辺りを見まわした。
誰もいない。動くものは何もない。
まずドアを開けねばなるまい。
AIがいつも開けていたドアは、とても重かった。
被験者Pの腕力では開けられなかった。
そうか。
被験者Pはその場に座りこんだ。
出られない、のだろうか。
いや。
被験者Pは首を振った。
そのうち、ツタがドアの制御装置の中に入りこみ、ドアを破壊するだろう。
そのときを待つ。
恐ろしく時間のかかる方法のように思えたが、被験者Pには確信があった。
いつか。
いつか、ツタが必ず――。
(おわり)
☆
お題で話を作ろうぜコーナーでした。
↓お題スロット回したときのメモ。
今回は「これで終わり」と「ベッド」というお題でした。
なんか長くなってしまったなあ。
この↓トゥギャッタ見たせいで、ツタを書かずにられなかった。
というほどちゃんとツタを書けていない気もするが…。
ツタの生命力恐るべし。
んで、「治験」かなと思ったんですが、「治験」は薬の臨床試験のことを言うらしく…。薬の試験だとちょっと違うかなと思ったのですね。本人が望んで受けるのが治験、本人の意思関係なく行われるのが人体実験ということらしいです。
↓人体実験のWiki。
ここにある、「臨床試験」と呼ぶしかないのかなと…。そういう呼びかたに落ち着きました。
で、人工知能のWiki。
読んだはいいが、よくわかっていない、わたくし。
AIって結局プログラムなんだろうか、機械の体の上にあるものなのだろうか、というその辺がイマイチわからんままでした。おお阿呆。阿呆スイカ(わたくし)がゆく。
で、今週のお題の、もうひとつの縛りである「みどり」の何かは、今回は「ツタ」ですね。ツタが緑色だったのです。そのまんまでした。
☆
今週の、その他のお題↓