「箱庭を指さして」
ええ、5丁目の角でした。
ちょうどここですね、この箱庭で言うところの、ここ。
角っこです。ここで見たんですよ、ええ。
屋上にね、そう、あの家、屋上があったのよ。うちなんて上のほうにあるのは屋根ばかりだもの。嵐がやってきたら屋根瓦が飛ぶんじゃないかしらなんて不安でいっぱいよ。あのお宅はそんな心配しなくていいのよね。うらやましいかぎりよ。
そんなことを言ったら、コランダムさんがね。あ、コランダムさんとそのとき一緒にいたの。コランダムさんとはいつも親しくさせていただいています。と言っても、話すことはくだらないことばかりなんですけどね。そのときは、年々ブルドッグに顔が似てくるという話をしてました。ほうれい線が濃くなってブルドッグに年々似てくるんだけど、私たちの祖先はブルドッグなのかしら、と話していて、それはちょっとブルドッグに対してあまりにも失礼なんじゃないかしら、という結論になりました。そのコランダムさんにね。
エメリーさん、屋根瓦があるだけいいじゃない、それはマンション住まいの私に対する当てつけかしら、なんて言われちゃった。コランダムさんが言うには、当てつけに聞こえるんですって。嫌だわぁ~そんなつもりないのにぃ。そんなふうに聞こえちゃうのかしら~。
って言っても、うちだって大したもんじゃないのよ、ええ全然。
外壁だろうが内壁だろうが、壁という壁は全部塗り直さないといけないし。全部よ全部。もう信じられる? いくつ壁があるのって話よ! そんなのが10年おきくらいにどっかんどっかんやってくるのが最初から決まってるのよ。マンションだって積み立て金はあるでしょうけど、こっちは積み立ても何もしてないのにメンテがやってくるからキツイって話をしたら、それはエメリーさん、あなたの無計画さがいけないだけでしょうと諭されました。ええ、諭されました私。
そうは言ってもね。うち、地下室があるんですけどね。浸水してしまったのね。去年、一昨年と。地下室で浸水してしまったら、もう逃げ場なしよ。ポンプをフル稼働しても追いつきませんでした。ドライエリアでしたっけ、エリアウェイでしたっけ。呼び名はわかりませんが、そういうものもきちんと掘っていてそれでもなお、このていたらくですよ。そんなウェット地下室が今年はどうなるのかしらと思って今から気が気じゃないのよ。
うちの場合、地下室でウッカリ眠れないのよ。眠ってるあいだに雨がざあざあ降ったら、ずぶぬれになってしまいますからね。部屋の中にいるのにずぶぬれ。屋根があるのにずぶぬれ。地下室で暮らせないのよ。だからもう、家族の誰かが誰かを地下室に監禁したとしても、即解決ですよ。雨が降ったらまた浸水するんじゃないかって、うちの家族なら誰でも反射的に思いますからね。そんな油断ならない場所で犯罪を犯し続けるほどのんきじゃありません。だからうちの家族はうちでは犯罪を犯さないんですよ。浸水することでかえって家でおかしなことをされなくてよかったんじゃないかなんてね。言ったりしてね。
……。
何でしたっけ。ああ、私が見たもの? 水ですよ。水があふれてたんです。屋上からですよ。屋上もいろいろでしょうけど、あの5丁目の角の家の屋上には、柵がつけられてるの。柵なので、ちょっとでも水が溜まると、どんどん外に流れてくるのよ。屋上の排水に問題があるんじゃないかしら。あんなんじゃ下の階に雨漏りしてそうよね。屋上はうらやましいけど、雨漏りはね~。ちょっとね~。
あら、どうなさったの、血相を変えて。雨漏りがそんなに重要なこと? まあ、確かに重要よね、暮らす者にとってみたら。そうではない? そういうことではないと。あらまあ。
ええ、私とコランダムさんが出かけた時刻には、もう雨は上がっていました。だって雨が降っているのに出かけたくないでしょう。確かにそう言われてみれば、屋上から水が漏れる時間がおかしいような気もしますけど、どういうことなんでしょう。
ええ、ここです。5丁目の角。この通りを、コランダムさんとブルドッグの話をしながら下ってるときに水滴に気づいたんです。水滴が上から降ってきた。上がったと思っていたのにまだ雨が降ってるのかと見あげると、屋上から水がこぼれていた。
どうなんでしょう。どういうことなのかしら。雨はもう上がってたのよね。屋上から雨を掃きだしたのかしら。それとも、屋上で何かを掃除したのかしら。雨は関係ないのかしら。
関係ないとしたら……どういうことなのかしら。
(おわり)
☆
「おわり」と書いてあるのに終わってない。今週はずっとそんな感じ。このメモ自体がそんな感じ。
お題で書いた話です。
↓お題を引く、あの日のスイカ(わたくし)
今日のお題は「箱庭」ですね。
「箱庭療法」を連想したので、こう…カウンセリングルームでドクターに話をしながら箱庭の中に町内のジオラマみたいなものを作ってですね…。それを見ながら箱庭の中で人形を動かそうとしてですね…。ここから先に進めません、ウッ頭が!というような…そんな話にしようかと思ったけども、まったく書けませんでした。
何というかそれは、すでにどこかで誰かが作った話のような。ヒッチコックでそういう感じの話があったような。どの映画か書いてしまうとネタバレになるのだろうか。と思ったが、記憶違いかな。「白い恐怖」がそんな感じかと思いこんでいたが、Wiki見ても特に箱庭が出てくることはないようだった。ああ記憶違い。
そんな感じでまったく書けないのでちょっとあきらめて、「目撃者がよくしゃべる」シーンを書いてみようと路線変更を思い立ちました。何かを目撃してる人なんだけども、関係ない話がやたら多い。そういう人が証言するところを書いてみました。箱庭成分がどこかに行ってしまっとるがな。最初と最後で出てくるけども、説明しないとなんでいきなり箱庭が出てくるのかよくわからんですね…。
あ、ドライエリアというのは日本での呼び名らしいです。
↑このWikiのサムネにあるように、地下室の横っちょに空間を掘ったもの、ですね。
しかし人物の名前を「コランダム」「エメリー」にしてしまった以上、日本で使われる用語を出すのもどうなんだろう…と思い、アメリカでの呼び方であるらしい「エリアウェイ」も書いておきました。書いておけばいいという問題でもない気もするが。
もう今週はなあ…。今週だけではないんかなあ。いつもそうだったのかもしれんが、どうにもならなくてなあ…。何も思いつかんし、どう考えればいいのかわからん…という感じだった。何だろう、何の説明をしているのだろうか私は。
よくわからんが。
☆
ほかのお題で書いた話↓
「そして血脈という名の指」「薄笑い」
「お互いが嘘をつく(瞳の描写)」
「最後の朝」