「星降る夜を逃げ切る」
隕石が降る。
末期だ。
これがこの星の寿命なのかどうかはわからない。
ただ、隕石があまりにも頻繁に降り注ぎ、人が暮らせなくなった。
この惑星から、ほかの惑星へ。
惑星間移住が進んだ。
今この星に住んでいる者は、正式には誰もいない。
だが、非公式に住んでいる者はいた。
仕事の都合など、さまざまな理由でこの星に住む必要がある者たちだ。
オーガストもそのうちのひとりだった。
しかし、最近では、それももう限界だった。星の中を移動するために2輪自動車に乗っていると、隕石が降ってくる。
降られたのが小さな隕石ばかりだったということもあり、今のところ直撃は免れていた。だが、いつ大きな隕石に当たってもおかしくはない。
隕石は燃えながらすさまじいスピードで降ってくる。
交通標識、信号、残ったままの民家。
今、目に入るものだけでも、隕石が直撃して半ば崩れかけたものばかりだった。
オーガストは星間移住願いを星役所に提出した。非公式に住んでいるとは言っても、黙って移動するわけにはいかない。移動が認められ、近々この星をあとにすることになっていた。
あとは各種手続きと、荷物および自分の移動手段の手配をすればいい。
いつもの自動2輪に乗って走り回っていると、ビープ音が鳴った。
ビー! ビー! ビー!
けたたましい音だ。オーガストは2輪を止めた。ほかにこの道路を走っている者は誰もいない。今の時点でこの星に居残っているような間抜けはオーガストくらいしかいなかった。
服のポケットから、小さな端末を取り出す。音はここからしていた。
端末には隕石予報が表示されていた。
オーガストが今いる区域に、広範囲にわたって隕石が降る。
流星予想時間を見て、オーガストはうめいた。自分がこの区域から出るよりも早く、隕石が降り始める。そう予測がついたからだった。
この辺りはまだ大きな隕石に本格的に降られたことがなかった。だから建物や信号機、標識も原形をとどめているものが多く、道路も走りやすい。
そう思っていたが、甘かった。
予報では、この区域に今までにない隕石が集中的に降る。この惑星に隕石が降り始めて、数十年が経っている。予報の精度はそれなりに高かった。
この区域から出なくてはならない。
どこかで見た標識のようにベコベコになりたくなければ。
ベコベコで済めばまだいい。
オーガストはそれ以上考えるのをやめて、2輪を再び発車させた。
まだ残っている信号を見る。
2輪だろうが3輪だろうが、はたまた4輪だろうが、ほかの車がいないので交通信号機に特に意味はない。車だけでなく歩行者もいない。とにかく人がいないのだ。
自分もそろそろ脱出するはずだった。
最後の最後でつかまってしまった。
オーガストはそう思って舌打ちしたい気分になった。
遠くの信号が明滅するのが見えた。信号機には、見慣れぬ矢印が表示されていた。
本来なら赤だの青だののランプがついている場所に、矢印がはっきりと浮かび上がっていた。
何だあれは。
オーガストは信号機を通り過ぎる直前、とっさにハンドルを矢印の方向へグイッと向けた。
少し走ったあと、本来オーガストが進むはずだった方向から轟音がした。
隕石が落ちた音だ。
(まさか)
信号機に表示された矢印のおかげで隕石を回避できたというのか。
にわかには信じがたかったが、オーガストはそれに賭けることにした。
なにしろ、予報の時間よりも早く隕石が降り始めているのだ。
予報の精度はなかなかのものではあったが、予報は予報である。
外れることもある。
外れとまで行かなくとも、予報にはない時間帯・地帯にひとつやふたつ隕石が降ることもある。こちらはそのうちのたったひとつ、ちょっと大きめの隕石に当たっただけでもアウトなのだ。
偶然だろうが何だろうが、隕石を避ける手がかりがほしかった。
その後も、信号にはいつも表示されていない矢印が表示されていて、それに従って方向を変えることでオーガストは降り注ぐ隕石を避けた。
まだ本格的に降ってはいないが、直径2、3メートルほどの大きさの隕石が降り続いている。
地面に落ちるたびに、ズシン、ドシンという震動が伝わってくる。
矢印に従って移動しているせいで、オーガストは自分の現在地がわからなくなっていた。だが、それも大した問題ではない気がした。
とにかく、この流星群を避けなければ。
これさえ逃れられれば、あとはどうやってでもどこかへたどり着くことはできるだろう。道路さえ走っていれば、どこかにたどり着くようにできているはずだ。
オーガストはそう考えていた。
バラバラと、次第に強くなりながら降り続く隕石を避けて走りながら、オーガストは考えた。なぜ隕石がこれほどまでに降るのか。
「なぜ」などと考えても意味がない。
それはわかっていた。
だが、自分の行く手を阻むように降り続く隕石を見ていると、これが攻撃に見えてきてしまうのだった。隕石が降るのは誰かが意思を持ってやっていることではなく、自然現象だ。頭ではわかっているそのことを忘れてしまいそうになる。
この現象が、誰かの悪意のように思えてしまう。
オーガストは先を見つめながら、少し笑った。反抗的な目だった。
誰の悪意だというのだ。
誰の悪意だったとしても、関係ない。
視界が悪い。
降り続く隕石のせいで、前がよく見えない。地響きも続いている。
2輪を通じて、震動が伝わってくる。
信号が遠くに見える。
真っ二つにへし折れている。隕石が直撃したのだ。
道はふたまたに別れている。
どちらに行けばいいのだろう。
地図を確認しているヒマはない。
オーガストは、わずかに残っていた地理感覚を頼りにハンドルを動かした。
背後で、地響きがした。
近い。
僅差で隕石を避けた。
バックミラーを見ると、道路の真ん中にめり込んだ隕石が見えた。
走り続ける。
ガス欠にならなければいいが。
チラリとメーターに目をやる。
燃料の残量を把握するよりも早く、道路の端が視界に入った。
オーガストはあわててブレーキをかけた。
道路は途切れていた。
行きどまりだ。
辺りを見回し、袋小路に迷い込んだらしいと気づいた。
2輪の方向を変えて、ここから抜け出さないと……、
そこまで考えて、オーガストは凍り付いた。
さきほど、背後で隕石が落ちた。
バックミラーに映っていたのは、道路を塞ぐ隕石だった。
あの道はもう通れない。
だが、ここは袋小路だ。
ここも隕石が降る範囲から抜け出せていない。ここにいたらこれから本格的に降る隕石に押しつぶされる。
どうする。
とにかく、2輪の方向を変えて……、
そこまで考えて、オーガストはメーターを見た。
残り燃料がほとんどゼロだった。
ようやく目に映るものの意味がわかった。
いつもと違う道を夢中で駆け抜けたせいで、どれくらい走ったのかの感覚が狂っていたのだ。
逃げ場がない。
逃げられない。
誰の悪意なのだ。
誰の悪意でもない。
隕石を避けられるものはないか。
辺りを見回しても目に映るのは、半壊した建物ばかりだった。
再び、端末がビープ音を鳴らした。
ビー! ビー! ビー!
音が鳴っても、なすすべがない。
寒気を感じながら、オーガストは空を見上げた。
(おわり)
☆
終わっとるんだろうか?「おわり」と書いてはあるが、この話、ちゃんと終わってるんだろうか?という疑問はありつつ、今週回したお題スロット、最後のお題でございました。
↓お題を出したかつてのスイカ
お題は、正確には使っていませんね…。
「星降る夜に笑いながらひたすら後悔した」「反抗的な目」のお題だったんですが、前者はもうニュアンスしか残っていないような。
反抗しつつ、笑いながら後悔するような…そういうシチュエーションを考えた…つもりです。
先週、信号機について思いを馳せたこともあり、信号機について何だかんだ書きたかった、わたくし。
そのわりにあまり詳しく書けませなんだ。架空の信号機になってしまったし。
で、ふと「流星」というのは、「隕石」とは違うのか?
と思ったんですが。
しかし、元の小天体が特に大きい場合などには、燃え尽きずに隕石として地上に達することがある。
だそうです。燃え尽きなかったのが「隕石」、燃え尽きたのが「流星」ということですかね。
話の中で、どちらもごっちゃにして書いてしまったな。この世界では、たがいに流用可能な概念であったと…そういうことにしておきたい所存。
☆
今週のほかのお題。
「濡れた髪からゆっくりと雫が落ちる」「暗く濁った瞳」↓
「見なかったことにしてほしい(わがまま)」「残り香」↓